2016年01月25日

いつもの・・・・

一度だけの人生である。

ひとりだけの自分である。

自分が自分のままで咲き誇り、そして、自分が自分のままで散り誇る。

私は其処に『有終の美』を見る。

自分の人生なんだから、やりたくないことはやらなくていいし、
やりたいことはどれだけ馬鹿にされたとしてもやった方がいい。

多数の無理解に苦しむことがあったとしても、

そのままでいいから、

誰の目も気にしないでいいから、

思う存分、

自分が咲きたいように咲き誇れば(自分が散りたいように散り誇れば)
百点満点のはなまる一等賞なのだ。


やりたいようにやりたい
正しいことを

思い切りの覚悟の中で
posted by 編集長ひでお at 12:36| Comment(0) | 心に残る言葉

2016年01月22日

今日のここに残ることば

自分で決めてしまうことの威力をあなどってしまってはいけないのだと思う。

好きなことだけをやって生きたひととは、

才能に溢れたひとのことではなく、好きなことだけをやって生きると決めたひとのことだ。

いま、多くの人が「自分には力がない(自分には価値がない)」という風に、

自分で自分に限定を設けてしまったり、様々な環境要因によって、

そのような悲しい思い込みに苦しめられてしまっている風に感じることが、

多い。

この世の中で一番大切なことは「どれだけ心を込めたか」なのだと思う。仕事にしろ、家事にしろ、人間関係にしろ、目の前にあることに心を込めている瞬間は、誰であれ、何であれ、幸せな瞬間なのだと思う。ひとに優しくあろうとすることは、そのまま「自分が感じる幸福」になるのだと思う。うまくやろうとするから行動は鈍る。成功するためにやるのではなく、ヘタクソでもやる、失敗するためにやる、結果がどのようなものであれ「心を込める」ことが出来たのならば、それは自分にとっての『成功』になる。



〜いばや通信〜  http://ibaya.hatenablog.com/

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心をこめて好きなことをして生きる

それが覚悟になる。
posted by 編集長ひでお at 10:03| Comment(0) | 日記

2016年01月20日

今日のことば

世界に馴染むことができないのであれば、自分で新しい世界を作り出すことも出来るのだということ。その過程において、苦しみ、傷つくこともあるかもしれない。ありのままに生きるということは、傷つかないで済むということではなく、傷つきながらでも自分であり続けようとすることだ。その傷を通じて、自分の身に纏った錆や古い観念のシステムが削り落とされていく、透明に、純度の高い存在になるために、傷つくことを避けては通れないのだろう。

http://ibaya.hatenablog.com/entry/2016/01/20/105901
posted by 編集長ひでお at 12:09| Comment(0) | 日記

2016年01月15日

今日のことば

自分を守ろうとするから弱くなる。


金も命も健康な身体も、守るためではなく使うためにあるのだと思う。


あるのはこの瞬間だけで、今日の命は今日の限り、明日にはもう、二度と取り戻すことはできない。


自分を賭けなきゃ、もっと自分を投げ出さなければ、何かを手にすることは難しいのだろう。



坂爪圭吾
posted by 編集長ひでお at 10:04| Comment(0) | 日記

2016年01月11日

刻むことば

大切なことは

「自分で楽しむ」という主体的な姿勢だ。

誰かに楽しませてもらおうとするのではなく、

自分から楽しめるものを見出していこうとする態度から、

自分を楽しませることを発見した人間から、

愛されることよりも愛することに自分の意識を向けるようになった瞬間から、


周囲に何かしらの「前向きなエネルギー」的なものを撒き散らしはじめる。


posted by 編集長ひでお at 21:23| Comment(0) | 日記

2016年01月10日

みつけたことば

すべてのひとが、私のことを好きになる訳ではない。

時には「がっかりしました」と言われることもあるし、露骨に悪態を吐かれることもある。

寄せてはかえす波のようだ。

様々なひとが集まってきては、やがて、離れていく。多分、これが自然の摂理なのだと思う。

しかし、こうした活動をしていなければ『絶対に出逢うことがなかった素晴らしい人々』の存在があること

も、確かなことだ。


たったひとりの存在に救われることがある。


「この人に出逢えただけで、今日は、心の底から素晴らしいと思える一日になった」と感じることが、生きているとある。

寄せてはかえす波のなかで、確かなものを見つけること。不特定多数の大勢ではなく、このひと、この『たったひとりのあなた』と出逢うために、私は自分の活動や存在をオープンなものにして、そして、このような活動を(頻繁に愚痴や弱音やある種の血反吐を吐きながら)続けているのかもしれない。

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そうなんだろう

posted by 編集長ひでお at 00:00| Comment(0) | 日記