2016年02月05日

今日のことばから思うこと

いばや通信より

私は高級漆器をタンバリン代わりにしたひとを責めたい訳では微塵も無い

私が言いたいのは『誰も悪くない』ということであり、

何というか、もう、仕方がないということが世の中にはたくさんある。


何かをやれば、何かを得る。
それが一時的には非常にショッキングな出来事であろうとも、
過ぎて見れば、ひとつの笑い話になる。

ユーモアがないものを楽しむことはできない。
笑い話を増やしていこう。
人生とは、多分、自分を楽しませることである。


ひでおの思い

世の中に仕方のないことがたくさんある
笑い話になればいいけど
そうでないことのほうが多い気がする

そんなときはどうすればいいのだろう

川崎でおきた事件から一年がたとうとしている
いま裁判が行われ 判決が10日にでるらしい

この事件のことはずいぶんと自分のなかにあった
どしてかわからないけど
今日なんかすこし 腑に落ちた

上村くんは3人から切りつけられている間
川で泳がされている間
蹴られたりしている間
「死ぬんじゃない?」とかささやかれている間に
ほとんど抵抗しなかった

どしてだろうとずっと思ってた
逃げればいいのに 抵抗すればいいのに
死にたくないとか思わなかったのかなとか

彼はもしかしたら
「仕方ない」って思ってたんじゃないのかな

自分のせいでこんなことになってしまったとか
自分を責めてたのかもしれないけど
それ以上に
自分がこうしてやられることで
主犯格の友達の気分が晴れるのならと思ってた
こうして自分がやられることで
いろんなことがおわるって思ってた
これでなにもかもおわるって

彼のやさしさ なのかなって
思った

きっと間違ってるけど

いま 世間も含めて
彼を殺めた三人に対しての憎しみは大きいけど

もしかしたら
上村くんだけは
「仕方ないんだよ・・・・・」って
空の上から眺めているかも

主犯格の彼は
こうして 悪事をやめることができた
そして
そのまわりの人も彼から逃れることができた
彼がいなくてもまた違う彼が現れるかもしれないけど
それは回りのひとがそうさせないだろう

上村くんのやさしさが
かれが犠牲になることによって
たくさんのひとにひろがってつたわって
こんな悲しい出来事が
二度と起こらないように
たくさんの人が心から思っていくことが
彼に報いることになるのだと
思う

こうしてこの出来事を1年も忘れず
こうしてここに書いたことも
彼の思いから自分に伝わってきたことで

そんな彼に比べて
自分はなんてちっぽけなんだろうって
凄く思ってしまう

すべては
俺の勝手な想像だけど

それでも彼の死が
なんも関係のないなんのつながりもないおっさんを
泣かしてしまうのだから

君は無駄死にではないよ
ちゃんと伝わってるよ

また どこかで生まれ変わって
現れてほしい


これってまるで 
キリストのようだね

himawari_007.jpg
posted by 編集長ひでお at 09:39| Comment(0) | 心に残る言葉
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